前回のつづきです。
2019年10月29日(火)「世界料理学会in函館2019」2日目
函館「炭火割烹 菊川」菊池 隆大さん
「函館発→世界を目指し日々探究」
小さい頃から、ごはんはすべて手作りで育ってきたという菊池さん。「いただきます」から「ごちそうさま」まで作法にきびしかった、だからこそ、食事のありがたさが身についていたそうです。
人にご飯を食べさせる、思いやる気持ちが「料理人になりたい」という夢になり、それを両親に伝えたところ、連れて行かれたのが「レストラン・バスク」の深谷さん。天井からぶらさがっている生ハムの固まりを初めて見て、既製品とのちがいを思い知らされます。
昼は栄養士、夜は調理師学校へ通い、テレビ「料理の鉄人」の影響で中国料理の道を目指していた菊池さん。
「でも、ごはん、みそしる…日本人だったら日本料理をしなければ」と4年半料理旅館でつとめて、ホテルや割烹で修業するように。
厨房はフライパンなど、和食っぽくない雰囲気なのですが、でも味はしっかり和食という独特な料理を手がけています。

きのこについては、木古内の道の駅にある「道南デス」シェフ八木橋さんのおじいさんときのこ採りに行ったとき、
「ビニール袋はだめ、きのこをかごで運んでいけば菌が落ちて次につながるからいい」と教えられたそうです。
この言葉は、学会でも何度か出されていました。
さて、八木橋さんは「道南デス」を卒業して、北斗市に店を出すそうですが、師匠の「アル・ケッチァーノ」奥田政行さんがなんとこの場で店名を発表。学会に参加している彼が、スライドで店の名前を初めて知らされるというおちゃめな展開に。

その名も、「北斗芯軒(ほくとしんけん)」……やはり、おちゃめです。
と笑いも起きた発表ですが、最後には、「深谷さんたちの背中を見て育ってきたので、これから函館から世界を目指して生きたい」と力強い言葉で締めくくられたのでした。
東京「The Bar codename MIXOLOGY tokyo」南雲主于三さん
「Mixology Cocktail の世界と理論」
前日のワインのペアリング講座で、大越さんが「カクテル、バーテンダーの日本のレベルは、料理人と同じくらい高い」というようなことをおっしゃっており、このカクテルについての講義は興味がありました。カクテルは1940年から始まった歴史があります。
南雲さんは、カクテルの歴史から、現在の“Mixology”という新時代のカクテルまでを順を追って紹介。

「フォアグラ、肉、のり、トムヤムクンなど生魚以外はすべて素材になる」という南雲さん。遠心分離機、回転減圧蒸留器、超音波攪拌機などの道具も駆使して、発酵など様々な方法を使うところは、これまでの学会でも発表されてきた調理の話とリンクします。
きのこをテーマに、松茸とリンゴのカクテルも紹介されました。東京には南雲さんプロデュースのカクテルのお店が6店舗あり、ぜひ新しいカクテルの世界を体験してみたいなと思いました。

大阪「リストランテ ポンテベッキオ」山根 大助さん
「Dステーキのメカニズムと野生のキノコ」
イタリアンのシェフである山根さんが、なぜ、ステーキ店を開いたのか。

年とともに霜降りの肉がしんどくなってきて、赤身の肉を美味しく食べさせたいという思いからでした。ちなみに「Dステーキ」のDとは、大助のDだそうです。
有名なイタリア料理店のシェフとして、「予約取れない店に行きたい」「希少食材が食べたい」と料理をエゴイスティックに求めにきた美食家を相手にしてきて、
ほかの人たちに何を出してきたのか?もっと自分の身近な人においしいと喜ばれないと、友達でも気軽に来られるステーキ店をオープン。
繊維を肉に対して直角に切るための道具「Dカッター」や、肉を回転させながら炭で焼く「Dジラロースター」、肉にかけるあつあつのソース「ぐつぐつソース」など、赤身肉を美味しくするために考案してきた数々のアイディアが披露されました。

肉だけでなく、今回のテーマであるきのこについても、どのように焼いたら美味しくなるかを解説。「結局、料理をデザインしている。料理とはできあがりから逆算するもの。それを、“最適調理”といっている」と山根さん。美食とは高級料理だけでなく、最高に美味しい食をプロがデザインしてくれるものなのですね。と、最後に自分自身で美味しく赤身肉を味わうようすが映し出されていました。

ランチタイムセッション
「キノコのスペシャリストが贈る、多様なキノコの世界」
キノコといえば思いつくのは「ル・ミュゼ」石井誠さん。キノコ愛が深いシェフたちによる、石井さんコーディネートのキノコのトークセッションです。

まずは有名な、岐阜・山県「摘草料理かたつむり」清水 滋一さん。ジビエ、きのこ、山菜と山の美食でもてなしてくだされる清水さん。「きのこは生え場が変わっていく。根こそぎ採る人がいるので、完全に出なくなることも。きのこを採る際、ばら撒くこともしなければならない。見逃すことも大事」と言い、「きのこは、木の子とかく。栄養条件、気象条件などにより、毎回出るものではない」とキノコのスペシャリストだからこその言葉を聞くことができました。

「きのこ採りの人間が歩いた後にきのこが生える」という、長野・軽井沢「E.Bu.Ri.Ko」内堀 篤さん(写真右)も、日本菌学会に入っているほどキノコの専門家。保健所のキノコ専門家に弟子入りして10年修業したほど。毒キノコはひとつずつ覚えていくしかないそうです。

軽井沢は冬季休業以外はキノコ料理ばかりつくっていて、栽培種で30種、天然ものは意図的に抑えて60~70種くらいに絞っているそうです。そうじゃないとお客様が引いてしまうので……と笑っていた内堀さん。キノコの話になると止まらないほど、キノコ愛にあふれていました。

同じくキノコ愛の強い石井さんも、今回の学会のテーマがキノコであることにふれ、「キノコというと地味に思われるかもしれないけど、世界一高いのは白トリュフ、日本一高いのはマツタケ、香りのすばらしさも含めて、きのこにもっと興味を持ってほしい」とおっしゃっていました。
東京「麻布長江 香福筳」田村亮介さん
「中国料理と干し椎茸」
日本では松茸、フランスではトリュフ、イタリア料理ではポルチーニ、と学会では高級なキノコの名前が挙げられましたが、中国料理では干し椎茸など乾物にすることによって高級食材となるものの話がありました。

中国料理では、乾物を「乾貨」と呼び、まさに価値の高いものとされてきました。それは、
①保存性 ②輸送性 ③生とは異なるおいしさ ④太陽のエネルギーを体内に取り込む
という理由からで、新鮮なものを使うより、あえて乾物を使う意味があるそうです。

中国で「椎茸」は干し椎茸のことをさし、5度くらいの水で冷蔵庫で12時間かけて戻したあと、2品のレシピを公開。
「細切豆腐の精進スープ」は玉露や昆布を加えて旨みだけを引き出した一品。「日本全国の乾物を追求していきたい」と田村さん。確かに北海道では、干したキノコや、干し野菜のほかに、昆布やナマコなど乾燥した高級食材もありますね。キノコのもう一つの魅力を教えられたひとときでした。

「菌と金の知っておきたいあれこれ…。」
東京「TAKAZAWA」高澤 義明さん
学会の常連であり、見た目はかなりストイックでかっこいい高澤さん、CMでご覧になった方も多いでしょう。

しかし、学会での高澤さんは、歌をうたったりなかなか面白い一面を見せてくれます。
最初はキノコのお題どおり、あの「オーパスワン」でのイベントで作ったアメリカの松茸(その名もPINE ENVY)の料理のことや、北海道で生まれた「とかちマッシュ」からヨーロッパでは「カエサルキノコ」と呼ばれて珍重されているタマゴダケまで、様々なキノコの解説をされていました。
「きのこはトレジャーハンティング。だんだん見えるようになるり、見聞を広げるのが楽しいプロ向きの食材。まずはプロと山に入り、客に出す前に食べるのが鉄則」と高澤さん。
途中から、「菌より金」というキーワードで雰囲気ががらりと変わり、高澤さんは退場。変わりに、多金澤先生なるキャラクターが現われます。
「料理人は(ホテルなどに勤めている人を除き)退職金ももらえない! どれだけがんばっても自分の価値は銀行が決められてしまう!金も貸してくれない!」と叫ぶ多金澤先生。

資産運用のこと、助成金について知識を増やす、などのお話は、確かにこういうことに疎い方には参考になる部分もあって、学会にこういう話があってもいいなと笑いながらも感心させられました。
宇都宮「オトワレストラン」音羽 和紀さん ・ 音羽 元さん ・ 音羽 創さん
「地方のフランス料理店を継承すること」
宮城「シェ・ヌー」赤間喜久さんの紹介でご登壇した音羽さん一家。

まずは、音羽元さんの修業時代から今日までの歴史をビデオで紹介。
つづいて、二人の息子さんのお話になります。「長男だから継ぐという漠然とした意味で料理人になった」という元(はじめ) さんは、赤間さんのレストランや、父と同じくフランス「アラン・シャペル」で修業。父の店を継いで行くことについては、「兄弟それぞれの性格に合わせて得意分野でやっていけたらいいと思う」と元さん。

次男の創(そう)さんは料理と無縁で自由にしていたそうですが、兄の姿を見て「すごいな」と思うようになったそうです。今では東京のレストランの料理長として働いていますが、「自分の成長とスタッフの成長、思うようにできない。初歩的なことを感じながらやってる」と言うことで、休みのときは父と兄のいるレストランに行ってサービスをやってみるそうです。
「最終的にお店全体、系列がうまくいくにはサービスしかないと思うようになった。家族でベストな方向へ行くように力をつけていきたい」と創さん。

最後に和紀さんが父親として「お店作りは大変、一人でできることは何もない。子供たちにがんばってもらうには、めざすところ、ビジョンが同じでないといけない。そうでないとけんかになる、感情論になる。家族とこの土地に根付いていけたら」と締めくくられていました。
地方のレストランにありがちな課題も、こうした家族経営だからこそのメリットも感じられました。
山形・鶴岡「アル・ケッチァーノ」奥田 政行さん
「日本の自然のきのこを使うコツ」

世界を股にかけた有名シェフでありl、学会の常連であり、いつも会場を爆笑に巻き込む奥田さん。むしろ「学会によって成長できた」と数ある例をたたみかけるように面白おかしく解説します。
前回の学会のテーマは山菜でしたが、この山菜の味覚の研究がワインの味覚表につながり、ペアリングの表でお金がもらえるようになった→お米とおかずの味付けにも使えるようになった→鶴岡に食材の研究をしにくるように、海外からミシュランのシェフたちがやってくるようになったそうです。

きのこについては、複数のきのこを合わせると旨みがアップする、5種類あわせるとおいしくなると持論を展開。5種の中に1種いい香りのものを入れるとよく、和食にあうので、和の技法でイタリアンをつくるそうです。
この5種類あわせると、とたんにおいしくなるという考えは、学会が5人の人たちで始まって、今や大きな会に育ってきたことを例に挙げ、深谷さんを黄門様になぞらえたにぎやかなコラージュ画像が出されました。ほかにも爆笑画像がたくさん出たのですが、紹介しきれず、このへんにしておきます(笑)。

「石川県のきのこ事情ときのこの旨味について」
金沢「日本料理・銭屋」高木 慎一朗さん・「レスピラシオン」梅 達郎さん・八木恵介さん
老舗料理店「銭屋」の二代目であり、海外で活躍する一方、学会の常連としてすっかりおなじみの高木さん。今回のテーマを金沢の若手にゆだねようと考えたところ、途中で、きのこの依頼をジビエとまちがえてしまい、「レスピラシオン」の梅さんと八木さんに依頼してしまいます。

ところが、依頼されてしまった梅さんたちは、まじめにキノコについて発表せねばと悩んだ挙句、石川県で最もキノコに詳しいとされる農林総合研究センターの八島さんに相談することに。石川県では約30種のきのこが食べられている一方で、ホウキタケとういキノコについては毒があるけど食べる、道の駅にも売ってるという事実に行き当たります。


そこで、二人は毒キノコを塩漬けにして一年で毒を抜く実験をします。
これは高木さんが以前の学会で発表した「石川県にはふぐの卵巣の糠漬けがある」ということにもつながります。
毒キノコというと、食べないというこれまでの考えをくつがえす発想ができたのも、猛毒のふぐの卵巣を毒を抜いて糠漬けにするという石川県の郷土食があってこそ。
「科学者と組んで毒キノコの毒を抜く方法も見つけたらいいのではないか」という考え方が最後に出たのも、キノコに詳しくなかった若手シェフが考え抜いた結果としてとても興味深いものになりました。
【まとめ】
深谷さん・間さん・奥田さん

いよいよ学会も終わりになり、第1回から参加してきた3人がまとめの対談をされました。
深谷さんは「(回を重ねるごとに)かなり自由になりすぎてきた。幅が広がるのはいいけど、料理人のための料理学会なのである程度枠があったほうがいい。そうして(キノコをテーマに)頼んだら、いろいろ持ってきてくれた。金沢の若い人たちもいろいろ調べてくれた」と喜んでいました。
間さんも同様に、「原点回帰もいいといっていたので楽しかった。珍しく題材のきのこを守っていた人が多かった」とふりかえります。
「1回目はいい時代だった。どんどん西洋的になったけど、東洋的になってきた。東洋の文化は目に見えないものを掘り下げる。けっこう深く入っていけた」と奥田さん。
ここで、深谷さんは次々と料理人を壇上に上げていきます。「1回目は他業界の方も登壇していて、経済学者が発表したこともあった。今回も進化して新しい発表になっていた。高沢さんも、お金の話ができるようになったね」と言うと、「10年でつぶれる店が多い。今回はちがうステージに上がって共有したくなってきた」と高澤さん。菌の話から金の話になったのはそういう理由だったのですね。
そうして、話しながら順にシェフたちを壇上に上げていく深谷さん。最後には「全員あがってください!」とシェフ全員をステージに呼びます。
「世界料理学会は、第1回から料理人の、料理人による、料理人のための学会と始まってきた。登壇していなくても、僕もコック服着てくるから壇上上がりたいといってた人もあがってOK.料理人はみな同じ人間です!」とたくさんの料理人に呼びかける深谷さん。この人間力が、10年で大きな力になっていることに感動しました。
毎回大変な思いをして準備して、問題が山積みであっても、こうして多くのシェフたちが集まる世界料理学会。今回は「つづけていくこと」と「若い世代」もテーマになっていましたが、少なくともこの場に集まった若いシェフの姿に、日本の料理の未来も決して絶望ずるものではないな、と思った10年目の学会でした。
さて、この日に同時開催していた、もう一つのイベント「食材見本市」へつづく。
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